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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)8005号 判決 1976年8月27日

甲事件原告

乙事件被告

丸山重夫

丙事件原告

右訴訟代理人

柳原武男

甲事件被告

乙事件原告

株式会社住友

丙事件被告

右代表者

西山正臣

右訴訟代理人

石川良雄

丙事件被告

清和建設株式会社

右代表者

岡島武

右訴訟代理人

多賀健三郎

外二名

主文

一  甲事件原告丸山と同事件被告株式会式住友との間において右両名を当事者とする中野簡易裁判所昭和四五年(イ)第一一五号事件について昭和四五年七月一五日に成立したとされる裁判上の和解が無効であることを確認する。

二  乙事件原告株式会社住友の請求を棄却する。

三  丙事件原告丸山の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用中、甲事件に関して生じた分は甲事件被告株式会社住友の、乙事件に関して生じた分は乙事件原告株式会社住友の、丙事件に関して生じた分は丙事件原告丸山の、各負担とする。

事実《省略》

理由

一争いのない事実

原告丸山が昭和四五年五月二五日まで本件土地を所有していたこと、右土地上の本件建物も原告丸山の所有であつたこと、本件土地については昭和三三年一一月二六日設定同年一二月一六日登記にかかる北陸銀行を権利者とする債権元本極度額一五〇万円の根抵当権が付されており、これに遅れて、本件土地建物の双方につき、昭和三九年二月二一日設定同年三月一九日登記にかかる平和相互銀行を権利者とし不二工芸株式会社を債務者とする債権額四〇〇〇万円の共同根抵当権が付されていたこと、平和相互銀行は昭和四二年七月六日本件土地建物につき任意競売の申立をし、同四四年三月四日被告住友及び同清和建設が本件建物のみを持分各二分の一で競落し、同四五年五月一二日競落代金を納付して所有権を取得したこと、以上の事実は各当事者間に争いがなく、また原告丸山と被告住友との間に甲事件請求原因1、2項記載のとおりの内容の和解調書が存在することは原告丸山と被告住友との間に争いがない。

二当事者の出頭に関する和解調書の記載に反する主張の可否

本訴の主要な争点は、(イ)原告が昭和四五年五月二五日被告住友に本件土地を売渡したか否か(乙、丙事件関係)、(ロ)売渡していないとした場合被告両名が本件建物所有権を競落により取得した際本件土地に対する法定地上権を取得したか否か(丙事件関係)、(ハ)本件起訴前の和解に無効原因の存否(甲事件関係)の三点であるが、原告丸山の主張する和解無効原因とは、被告住友の偽計により原告丸山宛の和解期日呼出状が同原告に送達されなかつたため、同原告が和解期日に出頭せず、和解の内容たる合意も当事者間に成立する由がなかつたというにあるところ、被告住友は本件和解調書上に存在する原告丸山が和解期日に出頭した旨の記載には法定証拠力があり右記載に反する主張をすることは許されないと主張するので、まず当事者の出頭に関する和解調書の記載に反する主張をして裁判上の和解の有効性を争うことが許されるかについて判断する。

民訴法一四七条本文は「口頭弁論ノ方式ニ関スル規定ノ遵守ハ調書ニ依リテノミ之ヲ証スルコトヲ得」と規定する。ここにいう口頭弁論の方式とは、弁論の内容に対立する概念であつて、おおむね民訴法一四三条に定められた調書の形式的記載事項、すなわち、期日の指定・告知、弁論の公開非公開、関与した裁判官・書記官、出頭した当事者・代理人などをいうと解されており、これらの事項について調書の記載に絶対的証明力を認め、調書以外の証拠方法による証明を許さないのは、方式遵守に関する争いを未然に防止して訴訟手続の明確と安定を期し、審理の迅速と円滑を図るためであるとされる。すなわち、弁論の方式に関する事項の不遵守が多くは判決の絶対的破棄事由とされ、手続の安定性を損うこと著しいものがあるため、関係人の調書の記載の正確性に対する異議権を留保したうえで(民訴法一四六条)、調書の形式的記載事項に関する限り右異議以外に争う手段を与えないこととし、のちに至つて訴訟手続を覆滅するような主張を当事者に許さないものとしたのである。調書の記載の正確性に対する異議は調書の実質的記載事項についてもなし得るのに、民訴法一四七条が調書の形式的記載事項に関してのみ絶対的証明力を認めたのは、弁論の方式に関する事項が一般に簡単明瞭であつて裁判所書記官がこれを誤つて記載する蓋然性に乏しいことが考慮されているものといえよう。

同条の実質的根拠を右のように解するならば、氏名冒用訴訟の確定判決に対し被冒用者が再審事由ありとして確定判決の取消を求めた場合に、調書上被冒用者の出頭の記載があることを根拠として再審事由の存在を否定するのは、同条の立法趣旨に副うものではないことは自明の理というべきである。起訴前の和解のようにおおむね一回限りの期日で終了し、裁判所書記官において当事者又は代理人について面識を有しないことの多い手続についてはこのことは同様に当てはまるものといえ、殊に、実務上、裁判上の和解に関しては既判力が無条件には肯定されず、実体法上の和解無効原因が存するときは和解の効力を争うことが許されているのに、実体法上の和解無効原因の一つである一方当事者の不出頭による合意不成立の主張が和解調書上の出頭の記載によつて封殺されるとすれば甚だしい不都合を生ずることはいうまでもない。

このように考えると、裁判上の和解調書について民訴法一四七条の適用があるとしても、当事者が他人の刑事上罰すべき行為によつて和解期日に出頭することを妨げられ替玉当事者によつて和解を成立させられたとして裁判上の和解の無効を主張する場合には同条を適用することができないと解すべきである。

したがつて、本訴においては和解調書上原告丸山が和解期日に出頭した旨の記載が存在するとしてもこの点にかかわりなく原告丸山の前記主張の理由の有無を判断することとし、被告住友の前記主張は採用しない。

三それで、まず甲事件の争点である起訴前の和解の無効の主張について判断する。

<証拠>を総合すると、被告住友の代表者西山正臣(以下西山という。)は、被告住友を申立人原告丸山を相手方として中野簡易裁判所に申立てた昭和四五年(イ)第一一五号即決和解申立事件につき、原告丸山が昭和四五年六月中旬頃「中野区本町二―一四―五レジ東郷三二号」に移転した事実を知りながら同原告に対する和解期日呼出状を同原告に送達させずその出頭なきまま替玉により起訴前の和解を成立させる意図のもとに、同年六月三〇日頃中野簡易裁判所に対し相手方たる原告丸山の住所は「豊島区巣鴨三丁目二一番三号岡島博方」に移転したから同所宛に送達されたい旨の上申書を提出したこと、同裁判所書記官は原告丸山に対する和解期日呼出状を上申にかかる住所地宛に発送し、被告清和建設の取締役である岡島博は予め西山が市中で買求めて岡島に交付していた丸山名義の三文判を使用して右呼出状の送達を受けたこと、西山は指定された同年七月一五日午前一〇時の和解期日に原告丸山の替玉として被告住友の社員一名を中野簡易裁判所に同行し、出頭カードに同社員をして原告名義の署名をなさしめ、もつて立会の同裁判所裁判官及び書記官をして同社員が原告丸山本人であるものと誤認させて本件和解調書を成立せしめたことがそれぞれ認められ、この認定に反する証拠はない。そして被告住友がかかる措置をとることにつき原告丸山の事前の了解を得ていたことについては何等の主張立証がない。

右に認定した事実によれば、本件和解期日に本件和解調書に記載の合意が原告丸山と被告住友代表者間に成立した事実は存在せず、且つ本件和解については民訴法四二〇条五号の再審事由が存在したものであつて、本件起訴前の和解は法律上無効であるといわなければならない。

そして裁判上の和解に再審事由が存在する場合には再審の訴えに類似する訴えにより和解の取消を求めうるとの見解があるが、その再審事由が和解の実体法上の当然無効をもたらす事由である場合には和解無効確認の訴えによれば足りると解すべきである。

それ故、甲事件における原告丸山の請求は理由がある。

四<以下、省略>

(稲守孝夫)

目録<省略>

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